飲食店を13年7ヶ月やっていました。開店のころは、味が良ければ常連がつくと思っていました。料理は毎日磨きました。それでも、一度来て終わる人と、何度も来る人がいました。
違いをあとから言葉にすると、味だけではなかった、です。腕を上げた月に、常連が急に増えた記憶はあまりありません。むしろ、店の言い方が落ち着いた時期に、顔なじみが残っていきました。
覚えていたのは、料理名より席
何度も来る人は、メニューの説明を毎回聞いていたわけではありません。名前を呼ばれること。いつもの席があること。今日は静かに食べたいのか、少し話したいのかを、こちらが先に汲むこと。それが揃うと、人は戻ってきました。
新しい一品を足した週より、いつもの人の顔を覚えていた週のほうが、店は安定していました。おすすめを重ねた日は、初めての人には親切でも、常連にはうるさくなりました。足すより、残す。店の現場で、先に身体が知っていたことです。
経験は、そのまま商品の種になる
廃業したあとも、この感覚は仕事に残っています。個人で仕事をする人も、同じです。持っている技術を全部並べるより、相手の「いつもの夜」を一つ覚えておく。そこに、選ばれる理由があります。
経験を仕事にしたい人へ。まず資格の一覧を作る必要はありません。かつて誰かが、あなたの前でほっとした場面を一つ思い出してください。料理でも、介護でも、子育てでも、事務でも構いません。その人は、何から楽になっていましたか。話を遮られなかったことか。名前を覚えてもらえたことか。手順を一緒に見てもらえたことか。
その場面が、一言の種です。すごい実績である必要はありません。相手の席があった、という事実で足りています。
常連は、すごい店に集まっていたのではありません。自分の席がある店に、戻っていました。
次に読むなら、好きを一言にする。比較されない立ち位置のつくり方です。